さて、第一回。 まずは何をおいても「タンカ」について、ではないかと。
日本の仏画などを見ると、絵の周りにきれいな布を縫い付けてそれを壁に掛けるように表装されたものがありますが、チベットでも同じように仏画の表装が見られます。 ”同じような”とは言え、日本のものと比べると格段に派手な布を使用するのですが、とにかくこの様に表装され掛け軸状にされた絵画や刺繍は、その保管の際や移動の際に表装の下部から巻き上げられます。 こういったものを総じて『タンカ』と言う、、、ようです。
こういうことは実際に師匠から教わることはないので、私自身の聞きかじりの知識です。(^_^;) 実際のチベット人の間で”タンカ”と言えば、現在では仏教の尊格を描いた絵画、つまり”仏画”を指すことがほとんどなので、”タンカ”=”仏画”と考えてもよいでしょう。

このタンカには主に仏教の尊格が描かれるのですが、その尊格のいわゆる「体型」というものは決まっていて、絵師は各尊格の「体型」をしっかりと知っておく必要があります(下図参照)。

少し専門的な話になりますが、タンカで使われる長さを表す単位には”ソル”(”ソルモ”)というものがあります。
これは普段私たちが使うmやcmのような絶対的な単位とは違い、実際に描く尊格の手の指一本の幅を1ソルとするので、場合によっては1ソルが1mmにも1mにもなるわけなのですが、このソルを基準として身体の各部分の大きさも決定されます。
例えばお釈迦様の立っている姿では、身体の縦のサイズが125ソルです。(タンカの流派によっては120ソルとするものもあります。) ですから、実際にキャンバスに描くお釈迦様の手の指の幅が1cmならば、その身長は125cmとなります。
歴史的な見解では、お釈迦様のイメージが作られるのはお釈迦様の没後である、と聞いたのですが、チベット仏教では実際にお釈迦様を目の前にして絵師が描いた、とされています。 お釈迦様の身体から発せられる輝きのために、絵師がその姿を凝視することができず、湖のほとりに座したお釈迦様の湖面に映ったその姿を写したとも、布に映し出された姿を写したとも言われていて、その時に描かれたイメージの「体型」がインドからチベットに伝わり、チベット人絵師の間で脈々と受け継がれ、現代でもそのサイズを基にお釈迦様は描かれている、というわけです。
このようにお釈迦様を含めた如来の体型、観音菩薩や文殊菩薩などの菩薩の体型、ターラーなどの女尊の体型、、、などなどいろいろ決められているのですが、更に尊格を描く時に重要になるものが”儀軌”と呼ばれる経典に細かく規定されています。
儀軌に何が規定されているのかというと、座り方、立ち方や体色、腕の数や印相(手の指のポーズ)、持物などで、これらはもちろん尊格により大きく異なります。
ではチベット仏教にはいったいいくつくらいの尊格があるのでしょう、、? これはもう膨大な数になります。
私はタンカ関係の本はかなり所有しているほうだと思います。 中には一冊に二千体以上の異なる尊格のイメージが描かれているものもあり、制作を頼まれた尊格の詳細がわからないときにはこれらの資料が非常に役に立つのですが、これら全部を調べても目的の尊格が見つからない場合もしばしばある程ですから。
そうとは知らずタンカの世界に足を踏み入れてしまい、「こりゃ、一生勉強しても、実際に描くことはもちろん、全ての尊格の容姿を知ることも無理だな、、。」と思う反面、一生かかってもやり尽せないほどのことに出会えたことが嬉しかったりもします。
とにかく、チベット仏教の尊格の数は非常に多く、更には同一の尊格であっても宗派による伝統や理解の仕方の違いによって尊格の容姿に違いがあったりなんてこともザラにあるので、こうなってくるとその全てを把握することなど到底無理なのですが、そこで先ほど触れた”儀軌”という経典が役に立つわけです。 そこには各尊格の説明が書かれているわけですから、それを読めばよいというわけです。
仏教の深い教えの書かれた経典を理解するのは安易なことではないのですが、この”儀軌”を理解するためには絵師にもある程度は経典を理解する知識も必要とされます。
ただし、一枚のタンカに何十体もの尊格が描かれるような複雑なものの場合は、各尊格の容姿に加えて、それぞれの尊格の正しい配置など非常に複雑になるため、そういった場合はその教えの系統を継承するリンポチェと呼ばれる転生活仏にお伺いを立てることになります。
このようにタンカを描くうえでは非常に多くの規制があり、絵師が全てを自分の感性のままに描く、ということは許されないと言う点で他の絵画とは大きく違います。
では、 なぜそんなに多くの規制があるのか?
タンカはチベット独特の雰囲気を持ち、その緻密な描写などにより芸術的にも高く評価されていて、世界中に多くのコレクターがいるのも事実ですが、その本来の目的は観賞用の芸術としてではなく、『観想』と呼ばれる仏教の瞑想修行や、『六道輪廻図』といった仏の教えの説明の補助をする為の”道具”として使われる物だからです。
タンカに描かれるものは、その色一つをとってもそこには必ず意味がありますので、絵師が勝手に尊格の体色を変えたり、ないものを描き加えたりすることは絶対に許されません。
仏のイメージを思い浮かべる瞑想の補助として用いられるタンカの描写内容に間違いがあっては、補助としての役目自体を果たさなくなってしまいますからね。
実際の描画方法に加えて、こういった多くのことを知る必要があるためにタンカ絵師になるためには長い年月を費やしての修行が求められるわけです。
ところで、この文章を読んでいる方の中にタンカを実際に描かれる方はほとんどいないと思うので、決まりごとについてばかり書くとタンカというものはなんだか堅苦しいものだなぁ、と思われるかも知れませんが、絵師の自由に出来る部分も多分にありますし、これらの規定はあくまでも描き手である絵師の知っておくべきことなので、普通の方がタンカを見る場合はこの様なことは気にせずに楽に見ていただければよいと思います。
仏教に関する何の知識もない方が、タンカを見るだけで気持ちが安らいだり落ち着いたりするという部分も仏画としての大切な要素だと思いますし、見たタンカが良い印象を与えてくれたならば、それはそれでよしとする考えにも反対はしません。 逆にそうあって欲しいと望むがゆえに、正しくタンカを描くという絵師としての責任を感じます。
それにしても、先に述べたようにお釈迦様の身長が125ソルだったとすると、成人男性の平均指幅がどのくらいかは知りませんが、仮に2cmだとすればお釈迦様の身長は2.5mだったという計算になります。 かなりの長身ですね、、、。 まぁ、インド人の中には体格の大きい人も多いので実際にそうだったのか、又はお釈迦様の身体から放たれるオーラによって実際よりも大きく見えたのか、、?
あ、お釈迦様はネパール出身でした、、、。
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