8世紀、チベットに密教を伝えた”グル・リンポチェ”の八大変化身の一つで、一面二臂の忿怒の尊格。倫理を越えた洞察力と慈悲を持ち、惰弱と固執を悟りの行為へと変えると言われています。
ブータン・パロの険しい崖にある洞窟・タクツァンなど、ヒマラヤ地域の各地で法敵を調伏するためにグル・リンポチェが変化した姿で、チベットのブーツを履き、チベット民族衣装のチュバの上に袈裟を着て、胸前に法輪を模った骨飾り、腸で繋げられた生首の首飾りなどを身に着けてグル・リンポチェの明妃が変化した虎の背中で舞う姿で描かれます。
巻いた髪、燃え盛る炎のような眉や髭、額には智慧の第三の眼、鋭い牙で下唇を噛みしめ、大きく見開いた眼で敵を睨みつける激しい忿怒の表情で、右手にはドルジェ(金剛杵)を振りかざし、左手には、憤怒の三面とドルジェ(金剛杵)で飾られた柄を持つ隕石でできたプルバ(厥)の鋭い切っ先を敵の心臓に向け威嚇し、そのプルバを持つ手の指先からは黒い鉄サソリが現れています。
制作年:2013年
サイズ:31.3×44.8cm
<基底材>
綿布、白土、チョーク、黄土、膠液
<彩色画材>
藍銅鉱、孔雀石、本藍、緑土や黄土、純金泥など
キャンバス制作には白土やチョークに加えて、東チベットのタンカに見られるような黄色っぽいものにするために黄土を加えています。これによって彩色に使う色がより鮮やかに見えます。
ドルジェ・ドルの背後には智慧の炎が描かれていますが、日本ではこの火焔は毒を持つ動物を食べるという伝説の鳥、又は”迦楼羅王”という天部の神が吐きだす火焔だとも言われ、”迦楼羅焔”と呼ばれるもので、仏画に描かれる際には鳥の頭部のような形の炎を描きます。同じような意味合いでタンカには毒蛇を咥える神鳥ガルーダが描かれ、鋭い炎の先は日本の"くちばし”に対してチベットのタンカ絵師は”炎の舌”と呼びます。
左手の指先から現れる黒い鉄サソリは、通常タンカでは青色で彩色され”鉄”を表現しますが、ここではこの智慧の炎に照らされ輝く様子を表現するために赤黒く彩色し、また群青(藍銅鉱)で彩色した青い衣には忿怒の様相に相応しいように龍の模様が金泥で描かれています。
タンカ上部、ドルジェ・ドルの頭上に舞う神鳥ガルーダ。二匹の毒蛇を両手で掴み、その頭部を嘴に咥えます。
左手の持物、隕石でできたプルバ(厥)と、それを持ち印を結ぶ指先から現われる黒い鉄サソリ。
目、耳、鼻、舌、心臓を描いた視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感を供える供物。